フィリピンの生薬資源
キアポ教会の門前には、生薬の市が出来る。これらの伝統生薬の中から、真に効果的なものを探すことが重要である。
フィリピンの薬事政策
Table 1. Philippine priority plants
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1 | Tanglad |
Andropogon citratus |
Graminae | diuretic |
2 | Sambong | Compositae | diuretic | |
3 | Tsaang-gubat | Boraginaceae | anti-diarrhea | |
4 | Mangostin |
Garcinia mangostana |
Guttiferae | abdominal pain |
5 | Ipil-ipil | Leguminosae | antihelmintic | |
6 | Hierba Buena |
Mentha cordifolia |
Labiatae | analgesic |
7 | Ampalaya |
Momordica charantia |
Cucurbitaceae | antidiabetic |
8 | Ulasiman-bato |
Peperomia pellucida |
Piperaceae | abscesses |
9 | Niyog-niyogan | Combretaceae | antihelmintic | |
10 | Lagundi | Verbenaceae | cough/fever |
これらの政策を推進する研究者と協力して、それらの中から、有効成分を単離・構造決定して、活性と構造についての知見を得るために行った研究の一部を紹介する。
ヒスタミン遊離抑制活性 (抗アレルギー作用)ラット腹腔から得られた肥満細胞に compound 48/80を作用させたときに遊離するヒスタミン量をHPLCで測定し、フィリピンの市販生薬エキスによる抑制効果を測定すると Lagundi, Sambong, Tsaang gubatに強い活性を見出した。Sambongについては、欧米の研究が比較的進んでいたので、研究対象から外した。
Tsaang gubat(Ehretia microphylla, ムラサキ科)の有効成分 1を単離し、MS, NMRデータより、rosmarinic acidと同定した。この物質のラット腹腔内肥満細胞を用いたヒスタミン遊離抑制活性は用量依存的であり、IC50は23μMであった1。1はその名の由来の rosemary を始め、ハッカ、オレガノ、タイム、セージなど多くのシソ科植物、および、コンフリーなどのムラサキ科植物に含まれ、抗炎症、抗補体作用、抗ヘルペスなどの、多くの活性が報告され、この植物の薬効を代表する一つの化合物と思われる。これ以外の活性物質を求めて、研究を続けたが、alantoin, 非環状のジテルペン配糖体が少量得られたが(未発表)、この植物から報告されているベンゾキノンのmicrophyllone は得られなかった。その後、この植物が沖縄にまで分布し、フクマンギという和名を持つことを知り、沖縄本島で採集した枝を含む葉を対象に抽出を行った。
活性試験は、以前のものの他に、ラット培養好塩基性白血球を用いて、抗原の刺激により、ヒスタミンと同時に遊離されるhexosaminidaseの酵素活性を測定することにより行った。その結果、活性のある分画から、microphyllone(2)を始め、その同族体4種を単離した。主として、NMRを用いて、その構造を決定し、得られた構造から、dehydromicrophyllone(3), hydroxymicrophyllone(4), cyclomicrophyllone(5), allomicrophyllone(6) と命名した。この内、2−4は全く同一骨格を有するが、5は、側鎖がキノン環と閉環して、5環性になった新奇な構造を有し、また、6はそれ以外の化合物とは異なり、二つの6員環が、酸素を含む6員環により結合している特異的な構造であった。これらの化合物の生合成は、同じムラサキ科のシコニンに類似した経路で、prenylbenzoquinoneを前駆物質として説明することが出来る。
単離したmicrophyllone 同族体の活性を測定すると、図示したようなIC50値を与え、2と6の活性が強く、3と5が弱い活性を持ち、4には活性が認められなかった。構造活性相関を論じるため、現在、いくつかの誘導体について検討中である。
Alibungog(Ehretia philippinensis, ムラサキ科)の成分 E. philippinensis も、抗炎症などの目的に使われる民間薬であるので、成分検索を行った。抗ヒスタミン遊離活性を指標に分画して、得られた活性物質はやはり、1であった。しかし、活性のある分画から、IRで2230 cm-1 付近、13C NMR において、δ 117付近に特徴的なシグナルを有するニトリル配糖体が5種類 (7−11) 得られた。このうち、7は既知物質simmondsinで ツゲ科の植物jojoba (Simmondsia californica )から単離されており、食欲減退作用が認められており、最近、家畜の食欲調整剤として、飼料の過剰摂取抑制や、人間のダイエット効果も期待されている。化合物8−10 も、そのNMR解析と、分解反応により、いずれも7と同じ母核を有するニトリル配糖体のsenecioyl esterであることを明らかにし、ehretioside A1,A2,A3と命名した。ehretioside Bと命名した11は7−10の化合物のシクロヘキサン環が芳香環になった構造であり、生合成的にはむしろ、それらの前駆物質である可能性が高い。現在までのところ、これらの化合物(8−11)には、生理活性は見出せない。 Lagundi(Vitex negundo, クマツヅラ科)の活性成分 同じ活性を持つpriority plant のLagundiからは、既知フラボノイド isoorientin, luteolin, chrisosplenolとcasticinが得られ、中でも、isoorientin(12)に強い活性が見られた(未発表)。 糖輸送増強活性(血糖降下作用) キアポ教会の門前で購入したいくつかのフィリピンの民間薬のメタノールエキスについて、スクリーニングを行うと、予想通り、以下に述べるBanabaを始め、糖尿病に用いられるいくつかの生薬に活性が認められた。 Banaba(Lagerstroemia speciosa, ミソハギ科)の活性成分花が美しいので、熱帯アジアでは街路樹として親しまれているBanabaは、和名をオオバナサルスベリとよばれるサルスベリ属の高木で、フィリピンで、古くから糖尿病に用いられてきた民間薬である。Ehrlich細胞を使って、グルコースの輸送活性に与える生薬エキスの効果を調べたところ、この生薬に活性が見出されたので、活性成分を検索した。活性分画から得られた化合物は既知トリテルペンのcorosolic acid(13) とmaslinic acid(14) であったが、活性は前者のみに認められた。興味あることに、イタリアのグループにより、前者に血糖降下作用が報告され、我々のin vitro活性測定が in vivoに結びつく事が証明された。現在、いくつかの日本の企業が、フィリピンで栽培した本植物の葉を「バナバ茶」として健康食品として販売している。
おわりにReferences